日本を破壊する円安

円安には長所短所があること、そして、日本人でも外国人でも優劣はなく、どちらも、いい人も悪い人もいると分かった上での、あくまで現在の日本を大局的にとらえた私的見解である。

 

もう10年以上前のこと、中国の企業から、日本の企業に製造業務を下請けさせているという話を聞いた。きくと、中国で製造するより、日本で作った方が安いのだそうだ。日本の値段が下がっていると感じた。

 

安くてよいものを作り出すことで、高くて良い国へと経済成長をした日本。今は、日本自体も安くてよい国を通り越して、そして、ただの安い国へと向かっているのではないだろうか。

 

Ⅰ.為替は単なる価格ではなく「国民心理」の変数でもある

 

為替レートは、通常は交易条件(Terms of Trade)、実質実効為替レート(REER)、輸出入価格指数、GDPデフレーターといったマクロ経済指標で議論される。しかし現在の円安局面は、それら数量・価格変数の問題にとどまらず、日本人の心理、労働倫理、国家ブランド、将来世代のスキル、希望の持ちよう、将来像にまで影響を及ぼしていると考えられる。

 

名目為替水準の持続的な下落は、短期的には輸出企業の円建て収益を押し上げる。しかし、実質購買力平価ベースでの円価値低下は、国民一人当たりの国際購買力を低下させ続けている。これは単なる所得効果ではなく、「世界の中での日本の位置づけ」に関する心理的評価に直結する問題である。

 

Ⅱ.円安の経済的メリット(短期的効果)

 

1.輸出数量の増加(価格弾力性効果)

 

為替が10%下落した場合、輸出価格のパススルー率を70%と仮定すれば、ドル建て価格は実質7%低下する。価格弾力性を−0.6とすれば、輸出数量は約4%増加する。

特に半導体製造装置、電子部品、自動車など価格競争力の影響を受ける分野では、短期的な数量増加が観測される。企業収益率も営業利益率で2〜3ポイント改善する可能性もあるだろう。

また、円安と少子高齢化による国内需要低下で、海外への販売拡大のチャンスとプレッシャーが生まれており、これまで国内販売にとどまっていた企業や、十分な海外販売が出来ていなかった企業の追い風となっている。

 

2.インバウンド需要の急増

 

円安は訪日観光の価格競争力を飛躍的に高めている。外国人観光客は自国通貨ベースで「極めて安価」に日本の高品質サービスを享受できる。宿泊、飲食、交通、小売の消費が拡大し、サービス収支は改善する。観光業は亡国の産業と誰かから聞いたことがある。

過言ではないと思っているが、この円安では、インバウンド施策は基本的に無意味であり、何もしなくても、観光客は増えていく、そして、もし円高になったら、その途端に激減する。インバウンドの恩恵を受けていない地域は困窮しているのだが、それが現在の「日本の実力」の結果ではないだろうか?日本人に愛されてきた観光地は外国人で埋め尽くされ、外国人相手に値段は高騰し、日本人は行きずらくなった。これで更に、インバウンド依存が高まっていくのであり、日本人が日本の文化に触れる機会が失われている側面はないだろうか?

 

3.株価・企業収益の名目拡大

 

円安で投資のしやすい日本株は買われていき、そして、輸出比率の高い企業の業績改善をうけて株価を押し上げ、資産効果を通じて一部の層の消費を刺激する。

 

4. 不動産の値上がり

 

不動産価格があがり、景気がよいとの幻想を抱かせてくれる。筆者の周りでも、買ったマンションの価格が2,3倍になったという話はよくでている。

不動産価格が上がっていると、過去の高度成長期の再来と勘違いする人もいるようだが、状況は全く異なる。円安で、外国人投資家をつかんだ不動産会社は業績があがる。日本を代表する不動産企業も、外国人投資家頼みになっている。ただ円安であるから、日本の不動産を買える外国人が急増しており、外国人が大家の不動産に住む日本人が増えていくであろう。

 

Ⅲ.円安の構造的デメリット

 

しかしながら、これらは名目的・短期的効果であり、構造的には深刻な副作用を伴っている。

 

1.サービスの「過剰提供」と労働価値の毀損

 

日本は世界的に見てサービス水準が極めて高い国である。ホテル、飲食店、小売、交通機関において、海外の5つ星のホテルでも、サービスがひどいことがあるのに、日本では事実上「五つ星」水準の接客が標準化している。

しかし円安下では、この高度なサービスが「激安価格」で提供される構造となっている。

外国人観光客は自国よりも低い価格で、日本特有の丁寧かつ過剰とも言えるサービスを享受する。一方、現場労働者の賃金は国際比較で低水準にとどまる。

 

ここで発生するのは以下の非対称性である。

 

  • サービス水準:世界最高水準
  • 労働報酬:先進国最低水準
  • 価格:外国人から見て激安

 

これは経済合理性を欠く。労働生産性に見合う価格設定がなされていない。

 

結果として、現場労働者は「過剰努力」と「低報酬」の乖離を経験する。この状態が常態化すると、職業的誇りは徐々に毀損される。

これは単なる所得問題ではなく、精神的疲労の蓄積である。

 

日本の「おもてなし」は、偏った解釈をすれば、我慢であり、滅私奉公である。そして、そのおもてなしを強いられる業種を担うのは、大企業の白襟でなく、低所得の普通の人々なのである。日本人ではもはや、やりたがらない(給料が低いだけなのだが)ので、日本にいる外国人に担わせてきているのである。

 

国家レベルでの「やりがい搾取」ではないだろうか? そして、おもてなし提供とその対価の不均衡を是正するため、カスハラ対策などという名目で、おもてなしをやめようとしているようにも感じられる。言い換えれば、顧客対応時間を短縮して、コストを下げる施策でもある。

 

おもてなしを構成するサービスレベル、サービス体系は、その悪用、濫用はあってはならないことであるが、日本の文化の強みであり、まず、どのように対価を見合ったものにするかの不均衡が論じられるべきなのである。日本国外では、おもてなしサービスは、その人の人格次第であり、期待するほうがおかしいという現状がある。日本としては、その強みである、おもてなしサービスを失ってはならないのである。

 

2.資産の対外流出と心理的劣位

 

円安は海外資本による不動産・企業・土地の取得を容易にする。高級マンション、観光地の土地、老舗企業が外国資本の手に渡る事例は増加している。

円安局面では以下の現象が起こる。

  • 日本人:海外旅行が高価になり制約される
  • 外国人:日本資産が割安になり取得容易

これは実質所得の国際比較における地位低下を意味する。基本的に領土紛争のない地域の日本領土を、外国人が買いあされる状態にして、実際にどんどん買われていながら、領土問題がどうのと議論することが不思議である。

購買力平価ベースで見た場合、若年層の海外経験機会は縮小し、国際的視野の形成機会が制限される。一方で、外国人との接点は「サービス提供者」という立場に偏る。

この構造が長期化した場合、若年世代の自己肯定感や国際競争意識に影響を与えるのはないか?

 

3.「安売り体質」の固定化

 

経済学の一般原則として、価格が低い商品は数量を増やす。しかし低価格戦略は価格弾力性を高め、ブランド力を低下させる傾向がある。

日本企業は円安下で「売れればよい」という数量拡大型モデルに依存するリスクがある。

しかし、本来目指すべきは以下である。

  • 価格弾力性を下げる(−0.6 → −0.2)
  • 技術的不可欠性を高める
  • 単価戦略を採用する

安さで選ばれる国・企業は、価格競争から抜け出せない。

高価格で選ばれる国・企業のみが、持続的な利益率を確保できる。

 

4.国家ブランドの毀損

 

観光地も同様である。

安価で大量の観光客を受け入れるモデルは、短期的外貨収入を増やす。しかし「誰でも来られる安い国」という印象は、国家ブランド価値を希薄化させる。

一般に、価格が高い財・サービスは希少性と価値を伴う。

価格が低い財は、大量消費と苦情処理コストを伴う。

安価な訪問先は来訪者の質を選別できない。

結果として、行政・治安・環境コストが増大する。

日本の文化は本来、希少性と高付加価値性を有する。しかし円安下では、それが「安価な体験商品」として消費される。

 

Ⅳ.将来世代への影響

 

今日の子どもたちは、円安環境下で次の現実を経験する。

  • 海外留学費用の上昇
  • 海外旅行の困難化
  • 外国人観光客へのサービス労働増加

彼らの国際接点が「対等な交流」ではなく「低価格サービス提供」に偏る場合、自己認識の形成に影響を与えるだろう。物乞い根性が生まれてしまう。そして、次の世代、その次の世代と、そんな状況に疑問を持つことも忘れてしまうではないだろうか?

 

国民の自尊心は経済的購買力と無関係ではない。

 

Ⅴ.強い円の意義

 

強い通貨は以下を意味する。

  • 高い実質購買力
  • 海外資源の取得能力
  • 若年層と日本人全体の海外経験機会拡大
  • 国家ブランドの向上

円高は輸出企業に短期的圧力を与える。しかし、それは価格決定力を高める方向への構造改革を促す。

日本は「安いから売れる国」ではなく、「高くても選ばれる国」であるべきである。

企業も同様である。

  • 半導体装置
  • 先端材料
  • 医療機器
  • AIロボティクス

これらは価格ではなく不可欠性で売るべき分野である。

 

Ⅵ.結論

 

円安は短期的には輸出と観光を拡大させる。しかしその裏側で、

 

  • 日本の土地の外国人所有増加
  • 労働価値の過小評価
  • 国家ブランドの低価格化
  • 資産の対外流出
  • 若年層の購買力低下
  • 価格競争体質の固定化

 

という構造的問題を内包している。

 

為替政策は単なる景気対策ではない。現在及び将来の国家としての基盤に多大な影響を与えているのである。

 

それは国民の心理、国家の品格、将来世代の自己認識を左右する。

日本人を貧しくしてはならない。

安売り国家であってはならない。

必要なのは、強い円と高付加価値戦略である。

 

今の円安は日本人をそして、日本を破壊してはいないだろうか?

 

日本は安さで選ばれる国ではなく、価値で選ばれる国であるべきである。

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